ちの

①私が「ちのサポ」を始めた理由

私は、昔から片付けが

得意だったわけではありません。

 

むしろ、ずっと苦手でした。

それに気付いたのは、

一人暮らしを始めてから。

 

 

物が捨てられない。

なんとなく買ってしまう。

「本当に欲しいもの」ではなく、

「まあ、これでいいか」

と妥協して買う。

そうやって、物がどんどん増えていきました。

 

 

結婚してからも、

子どもが生まれてからも、

家の中は物であふれていました。

 

 

テーブルの上には、常に何かが置いてある。

床にも物が散乱している。

人が来るときは、

とにかく見えないところに押し込む。

来客が帰ったら、また元通り。

 

 

「収納が少ないから片付かないんだ」

ずっとそう思っていました。

 

だから、

「もっと収納があれば」

「もっと広い家に住めば」

「新しい家を建てれば」

今度こそ片付くと思っていました。

 

 

そして、家を建てました。

アパートで暮らしてた時より

たくさん収納がある。

 

「今度こそ、きれいを保つ」

そう思っていました。

 

 

でも、

片付きませんでした。

 

新しい家に住んでも、また物が増えました。

何度片付けても、また散らかる。

何度捨てても、また物が増える。

 

本当に、100%リバウンドしていました。

 

 

「私は片付けられない人なんだ」

そう思っていました。

 

20歳の失恋から、私は「自分」を探し始めた

ちの
ちの
ここからの話は、一見、片付けとは関係ないように思える話になりますが、

私がなぜ

”ちのサポをやっている今の私”になったのか。

”行動”に興味を持ったのかに繋がる、

私にとって、ものすごく大きなきっかけの話になります。

 

 

20歳の頃、失恋をしました。

 

社内恋愛で、

社会人になってできた彼氏なので、

この人と結婚するんだろうなと

なんとなく思っていた矢先

 

突然別れを告げられました。

 

 

 

絶望でした。

心に、ぽっかり穴が空きました。

 

 

「私って、何のために生きてるんだろう?」

 

気付けば、そう考えるようになりました。

 

 

それまでの私は、長女として、

親に心配をかけないように。

親が喜ぶように。

親に安心してもらえるように。

 

そうやって、

自分の人生を選んできたところがありました。

 

 

その会社では、

事務員として働いていましたが

事務員は、寿退社でしか辞める人がいなくて

私もそうなんだろうなって思っていました。

 

だけど、失恋がきっかけで、

その会社で働く意味さえ、見失ってしまい、

 

しばらく悩み考え抜いた末、

 

「私は、この会社をやめる」

と、自分で決断しました。

 

 

誰にも相談せず、自分一人で決めました。

 

 

正直、怖かった。

親を悲しませるんじゃないか。

心配かけるんじゃないか。

せっかく入った大手企業なのに…。

みんなどう思うだろう…。

 

 

いろんなことが頭をよぎりました。

 

 

 

でもそれと同時に、

「初めて、自分で立った」

そんな感覚がありました。

 

 

誰かに喜ばれるからではなく。

誰かに認められるからでもなく。

 

自分がそうしたいと思ったから、

それを選んだ。

 

この時の経験は、

初めて自分でした、

人生の大きな選択

 

 

私の中にとても大きく刻まれました。

 

 

そこから私は、

「自分って何なんだろう?」

「人はなんのために生きているんだろう?」

「なぜ、人生大きく変わっていく人と変わらない人がいるんだろう?」

そんなことに興味を持つようになりました。

 

  • 心理学
  • 脳科学
  • 自己啓発
  • スピリチュアル

 

本を読んだり、講座を受けたり。

気になったものは、

かなりたくさん学びました。

「いつか」は来ないと知った

20代後半で結婚。

1年後に長男を出産。

 

長男が1歳くらいの頃から、

在宅でなんとなく

仕事を始めました。

 

その1年後

骨に腫瘍ができ、入院、手術。

 

 

その翌年、次男を出産。

 

そして、

次男を出産して退院した翌日。

 

 

私の人生を

大きく変える出来事が起こりました。

 

 

 

 

元気だった父が、

 

脳出血で倒れ、

そのまま亡くなりました。

 

 

 

50代でした。

 

 

 

 

あまりにも、突然すぎました。

 

 

 

 

私は、物心ついた頃から、

父とずっとぶつかっていました。

ずっと父に反抗していました。

 

 

 

その頃から亡くなるまで、

まともに会話をしたことはありません。

 

 

結婚して、子どもが生まれて。

昔のような感情は、もうなかったのに。

 

 

だから、

”いつか”普通に話せるようになると思ってた。

いつか、普通の親子に戻れると思ってた。

いつか・・・。

 

 

 

次男が生まれたばかり。

人生で一番と言っていいほど幸せな時期に、

突然、

父がこの世からいなくなりました。

 

 

 

幸せの絶頂から、不幸のどん底に…。

 

 

 

 

前日、一緒に晩ご飯を食べ、

普通に元気に生きていた父が、

もうこの世にいない。

 

もう二度と会えない。

もう話せない。

 

「いつか話そう」と思っていた、

その「いつか」が、

永遠に来ない日になりました。

 

 

そのことを、

頭ではなく、全身で感じました。

 

 

心に空いた大きな穴は、

ずっと埋まりませんでした。

 

 

そこから、

大きな後悔が私を襲ってきて

涙が止めどなく流れ出て、

生まれたばかりの次男の横で、

毎日毎日泣きました。

 

 

本当に、後悔しました。

普通に話せばよかった。

 

もっと新居に招きたかった。

 

仕事で近くに来た時は

「うちに寄ってって」って言いたかった。

 

孫に会いに来てくれた時は

「今日は泊まってって」って言いたかった。

 

 

「いつでも来てね」って言いたかった。

 

 

それなのに、私は、

なんてひどいことばかり言ってきたんだろう。

なんてことしてしまったんだろう。

なんて、親不孝なんだろう。

ごめんなさい。ごめんなさい。

お父さん。ごめんなさい…。

 

 

毎日毎日、これでもかというくらい

自分を責め続けました。

 

 

 

 

泣いて泣いて

もう涙が出ないというくらい泣いて

しばらくして、

 

思いました。

 

 

もう、二度と

”後悔”したくない。

 

 

人は、いつ死ぬか分からない。

自分も。

家族も。

 

 

だから、

いつ死んでも後悔しないように生きたい

自分の気持ちを無視したくない。

やりたいことを我慢したくない。

もっと、自分を大切にしたい。

父の分まで生きたい。

そう思いました。

 

それなのに、また・・・

ちの
ちの
ここからの話は、“結果だけを”強く求めるとどうなるか、の話です。

その2年後、長女を出産。

 

子どもが3人になり、

子育てをしながら

在宅で仕事を続けました。

 

でも、なかなか思うように

稼げませんでした。

 

「私も稼がなければ」

「稼げる自分になりたい」

 

周りのママ友が、

1人、また1人とパートを始める中、

そんな気持ちが強くなっていきました。

 

 

気付けば、末っ子も小学校に上がる頃、

焦っていました。

 

いよいよ子どもの手が離れる。

そうしたら、

外で働かなければ

いけなくなるかもしれない。

 

 

当時、完全にワンオペだったので、

外に働きに出ることが本当に嫌でした。

 

キャパオーバーになる。

ブランクが長いから社会に出るのも怖い。

必死でした。

 

「今のうちに、絶対に稼げるようにならなければ」

そう思って、がむしゃらに働きました。

 

 

そして、最後に出会った在宅ワーク

ブログで月100万円を稼げるようになりました。

 

ついに、

ずっと欲しかった結果を、手に入れました。

 

 

「私だって、やればできる」

そう思えました。

 

 

 

でも、

 

満たされたのは一瞬でした。

 

 

“結果”を求めて

 

結果を手に入れても

 

結果は勝手に続いて行くものではなかった。

 

 

 

その後、私を待っていたのは、

予想だにしないものでした。

 

 

 

もっと稼がないと…。

もっと。

もっと。

 

 

今度は収入が減るのが怖くなった。

月100万円切ったらどうしよう。

もっと頑張らなきゃ。

もっともっと。

 

 

寝る間も惜しんで頑張って働いて、

その後、月200万円以上稼いだ。

 

 

それなのに、

満たされるどころか

不安だけが増える。

 

その頃の家は、

人生で一番荒れていました。

 

 

家の中は物であふれている。

どこもかしこもぐちゃぐちゃ。

 

片付ける時間もない。

子どもたちに向き合う余裕もない。

夫とも喧嘩ばかり。

常に、イライラしてる。

 

 

でも、

「片付ける暇があるなら、稼がなきゃ」

と思っていました。

 

 

家族が安心して過ごす場所のはずの家が、

信じられないくらい荒れている。

 

心の中では、そんな状態が嫌だった。

 

でも、どうしていいか

分かりませんでした。

 

 

今思えば、

片付けも

10代から始めたダイエットも

稼ぐことも

全部一緒だった。

 

 

結果だけを求めたら

そのあと、苦しくなる。

 

片付けることも

痩せることも

稼ぐことも

頑張ってる最中は

結果を出すことに必死で見えなかったけど。

それだと

あとから、とても苦しくなる。

 

そのことを痛感しました。

 

 

そして、それは、

全部、全部

”私”という土台(内側)が

生み出した現実。。。

 

もう一度、自分の人生を考えるきっかけ

そんな中、

俗にいう強制終了です。

 

 

私は、二度目の病気になり入院しました。

 

 

 

コロナ禍だったこともあり、

誰もお見舞いに来れない時期。

 

病院のベッドで、ずっと一人。

 

時間に追われる毎日から、

やることもなく、

考える時間だけが、たくさんできました。

 

 

天井の模様を見つめながら、

いろんなことを考えました。

 

これまでのこと。

これからのこと。

 

 

私は、一体何がしたいんだろう。

 

このまま、ずっと

こんな生活続けていくのかな。

ブログで稼ぐ。

ブログを教える。

コンサルをする。

それで、私は本当にやりたいことを

やっているんだろうか。

 

悔いのない人生を歩めてるのだろうか。

 

もちろん、

ブログで稼げたことは嬉しかった。

ブログをしたことで

たくさんの人と繋がれたし、

たくさんのことを学んだ。

 

 

人がなぜ行動するのか。

なぜ、同じことを教えても、

できる人とできない人がいるのか。

 

どうすれば、人は動くのか。

そういうことに興味を持つようになったのも、

ブログがきっかけだった。

 

 

だけど。。

 

父が亡くなったとき、

「後悔しない人生を生きよう」って、

あんなに強く誓ったはずなのに。

 

私は、大切なものを見失ってはいないか。

 

 

私の人生、これでいいんだろうか。

果たしてそれで、

本当に後悔しないのだろうか。

 

 

私は、何をやってるんだろう。。。

 

 

病院でひたすら考えて行きついたのは、

ブログは、

私のやりたいことじゃない。

でした。

 

 

”家で仕事をする”ということを考えたときに、

目の前にブログがあった。

だから、私はそれを一生懸命やっていた。

ただ、それだけだった。

 

 

そう気づきました。

 

 

そして、病院のベッドの上で、

「私が本当にやりたいことは、これじゃない」

と思った。

 

 

『今は何かは分からないけど、

私は、自分が本当にやりたいことをしたい』

 

 

そう思い、入院中、

ブログをやめることを決めました。

 

 

これまで一生懸命

積み上げてきたものを手放すのは、

もちろん怖かった。

 

 

でも、20歳の頃に初めて

自分の意思で人生を選んだときと同じように、

 

「もう、人から見てどうかではなく、

自分はどうしたいのかで選びたい」

 

そう、思いました。

 

つづく・・・